親が亡くなった後の手続きは、悲しみに暮れる間もなく、実に多岐にわたります。役所への届け出、葬儀、そして相続…。その慌ただしさの中で、多くの人が見過ごしてしまいがちな制度があります。それが「未支給年金」です。
年金は、亡くなった月の分まで受け取る権利がありますが、多くの場合、亡くなった後に支払われるため、遺族が受け取ることになります。この「まだ受け取っていない年金」を未支給年金と呼びます。しかし、この未支給年金が、私たちの持つ相続の常識とは全く異なる、独自のルールで動いていることは、あまり知られていません。
この記事では、未支給年金にまつわる事実を解き明かします。この知識は、いざという時にあなたと家族の暮らしを支える、確かな助けとなるはずです。
「未支給年金」は相続財産ではなく遺族固有の権利
ここが、多くの家族が最初につまずくポイントです。未支給年金は、民法上の「相続財産」ではありません。これは、年金法に基づき、亡くなった方の収入に頼って生活していた遺族の生活を保障するために特別に認められた「遺族固有の権利」なのです。
この法的な解釈は、ある訴訟をきっかけに最高裁判所によって確立されました。それが「本村年金訴訟事件」(平成7年11月7日判決)です。この裁判では、亡くなった年金受給者の権利を相続人が引き継げるかが争われましたが、最高裁はこれを明確に否定。年金は相続とは全く別の論理で動くことを示したのです。判決では、以下のように述べられています。
法第 19 条第 1 項及び 5 項は「相続とは別の立場から言っての遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり、死亡した受給権者が有していた年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかある。
この事実がもたらす最も大きな帰結は、たとえ故人の借金などの理由で相続放棄をしたとしても、未支給年金は請求できるという点です。これは相続財産とは完全に切り離された、あなた自身の権利だからです。
受け取れる人の範囲とルールは、あなたが思うよりずっと複雑
未支給年金を受け取れるのは、配偶者か子くらいだろうと思っていませんか?実は、その範囲は一般的な相続人よりも広く、平成26年4月の法改正によって、その他三親等以内の親族まで拡大されました。
この改正は、現代の多様な家族の形を反映したものです。例えば、故人と同居し、生計を共にしていた「子の配偶者(義理の娘や息子)」も、故人と養子縁組をしていなくても、今では請求権者になることができます。介護などで深く関わった家族が、法的に報われる道が拓かれたのです。
ただし、ここで絶対に知っておかなければならない重要ルールが2つあります。
第一に、「生計を同じくしていた」という条件です。これは法律用語ですが、「同じ釜の飯を喰う」関係だったかどうか、です。つまり、同居して生活費を共有していたか、別居でも仕送りなどの経済的な援助があったか、という実態が問われます。
第二に、請求できる遺族には厳格な優先順位があることです。範囲が広いからといって、誰でも請求できるわけではありません。法律で定められた順位(①配偶者、②子、③父母、④孫、⑤祖父母、⑥兄弟姉妹、⑦その他三親等内の親族)の最上位にいる人「だけ」が請求権を持ちます。例えば、故人と同居していた「孫」がいれば、たとえ介護をしていた「子の配偶者」がいても、権利は孫にあります。
相続税ではなく、一時所得に
未支給年金は相続財産ではないため、当然ながら相続税の課税対象にはなりません。
では、税金は全くかからないのかというと、そうではありません。受け取った未支給年金は、相続税ではなく、受け取った遺族自身の一時所得として扱われます。
しかし、ここにも知っておくと得するポイントがあります。一時所得には最高50万円の特別控除があり、受け取った未支給年金を含む、その年の一時所得の合計額が50万円以下であれば、結果的に税金はかからず、確定申告も不要になるケースが多いのです。
仮に50万円を超えた場合でも、計算方法は有利です。具体的には、「(総収入額 − 経費 − 特別控除50万円)÷ 2」の金額だけを他の所得と合算して税額を計算します。全額ではなく、半額だけが課税対象になる、と覚えておくとよいでしょう。
権利は待っていても実現しない
未支給年金は、あなたが対象者だからといって、自動的に振り込まれるものではありません。遺族自身が年金事務所に「未支給年金請求書」を提出し、請求というアクションを起こさなければ、一円も受け取ることはできません。
この年金制度の根幹をなす哲学については、「権利は主張しなければ実現できない」と表現できます。
年金を受け取る権利は、まさにこの言葉の通り、自ら請求して初めて支給が決定されるものなのです。
以上、未支給年金にまつわる事実を見てきました。
・相続財産ではない
・請求者の範囲と優先順位
・税金は一時所得扱い
・請求が必須
ぜひ覚えておきましょう。
